コミュニケーションと治療
同じような病気になっても、人によりその感じ方が違います。
ある人は平気だったり、でも同じ症状のはずなのに、ある人は大変苦痛を感じたり…。
普通、病気は悪で、健康は善と考えるかもしれません。でも果たしてそうでしょうか。
病気=悪、健康=善と考える根底には、健康と病気は反するもので、あるいは対峙するもので、全く別の性質のものであるという考えがあるように思います。
でも、私はそうは考えません。
昨日は私が教えるセミナーでした。
いや、疲れた。
私が決めた内容ですが、少し高度すぎたかも。
いや、あれくらいは理解してもらわないと。
ん、簡単、簡単。
おまけにその後、会議でしたから。
会議は、美味しい食事をともにでしたから、よかったですけど。
雑誌の記事っていうのは、実はいい加減なんですね。
記事の体裁を取ってるけど、実は、掲載した先からも掲載料を取っている。
旅行雑誌とか情報誌はたいていそうです。
よく自分トコのホームページに、
○○に掲載されました!
と、でかでか載せているトコありますが、アレはまず、自分で金出してます。
臨床伝統医療研究会の役員をしているせいもあって、無免許マッサージに関しての雑誌や新聞記事の情報は、できるだけ収集するようにしています。その上で、マスコミが、明らかに、
マッサージに国家資格がいらない
ような事を書いている場合は、質問するようにしています。
私が講師をしている臨床伝統医療研究会の前身である按摩法研究会の時代とか、臨床伝統療法研究会の時代とかに、発行した機関紙とか書籍を何度か、鍼灸学校に寄贈した事があります。
学校によって違いますね、その対応。
勝手に寄贈したんだから、別に文句を言う権利はないんだけど。
鍼灸学校の学生さんは、いやでも経穴を覚えなくてはなりません。
その数、約360ほど。どれが試験に出るかわからないからです。
まぁ、そのうち、同音の経穴はまず出ません。盲学校の試験と内容が共通なんですが、同音だとどれなのかわかりにくいからです。
また、長文の問題も出ません。
これも盲学校に配慮するからで、長文だと、点字を読み切れない人もいるからです。
ですから、試験は短い文章で工夫をして問題を作る必要があります。
さて、では、経穴が覚えられない学生の皆さん、どうすれば覚えられるか!
なんか、今日はあれこれ忙しいやら、電話はあっちこっちしないといけないやらで、頭がパニックになりかけてます。それでなくてもいっぺんでたくさんの事を考えるのは苦手なのに、
ポン
と頭がはじけるような気がしてきました。
ところが、治療の仕事に入ると、はじけないんですよね、これが。
先日の「会の運営-特に手技療法関係」中において、M氏の事を「ネジ好き」と書いたら、M氏より「私が好きなのはネジではない。電気の器具とかコマゴマしたものが雑然と並んだところが好きなのだ。だから、このような『デマ宣伝』は削除し謝罪しろ」とすごまれました。そこで次のように訂正して、お詫びします。
「M氏は、平成11年より平成18年2月まではネジ好きだったんですが、現在は任期満了のためネジ好きにとどまらず、電気の器具とかコマゴマしたものが雑然と並んだところに行くと、エクスタシーを感じる性格になりました」
ん、どっかで読んだ事がある文章のような…(わからない人はごめんネ)。
気にしないで、本論。
最近は鍼灸学校も大幅に増えて、入学は非常に簡単になりました。よほどとんでもない学校でなければ、きちんと勉強をすれば、国家試験に合格をして、晴れて鍼灸師になる事ができます。
按摩やマッサージは学校は増えていないけれど、国家試験の合格率は依然として高い水準にあります。しかも、選びさえしなければ就職率が高い!
でも、国家試験に通って免許を得る事と、治療ができるようになる事は別物であるという事を、ぜひわかってほしいんです。
昨日の「O氏をいじめる…ではなくいたわる会」も無事終了しました。
最初は来るかどうかわからなかった奈良在住・鹿フェティシズムのN氏にも参加していただき、心斎橋から新世界までを徒歩で往復するという、結構歩いた会となりました。おかげで、今日は足が痛い!
しかし、いたわり役の一人、京都のM氏が、日本橋(大阪ではニッポンバシと呼び、電気屋街です)の裏通り、中古商品、何に使うのかわからない電気部品等を売っている小さな古い店の集結しているところ(五階百貨店といいます。昔は5階建てのビルだったそうでその名残が地名に残っています。今はそんな建物ありません)に行ったら、驚く事に、思いっきり目を輝かせていました。普段、そんなものに興味があるなんて見えないんですよ。
そんなこんなで、最後に晩ご飯を戴き、珈琲を飲みながら会話していたら、ウチの会に限らず、会の運営全般のお話になりました(鹿フェチのN氏は、鹿が心配だと夕方に帰ったのでそのときはいませんでした)。
O氏という友人がいます。北海道出身で、何を思ったのか東京のマッサージの学校に通ってあん摩マッサージ指圧師の国家資格を取り、さらに何を血迷ったのか、大阪に就職しました。
北海道の純朴(最近スレて来ました)なおじさん、いや青年が、いきなり大阪に来るのはきついよ。大阪人は、本気と冗談の区別つかないらしいし。
で、明日、そのO氏をいたわり、なおかつ大阪に早くなれてもらうため、一緒にミナミを散策する事にしました。
もう少しで、ブログ書くの忘れて。「さ、寝ようかな」と思っていたところでした。思い出してよかった。もう少しで寝てしまうところでした。
さて、身体を治すのは私の仕事なんですけど、長い間この仕事をしていると、体と心はやはり一体なんだと感じることがよくあります。
精神状態が、肉体の症状に出る意味もありますが、もっと深い意味では、肉体は、心そのものなんだと感じることがあります。
私の加入しているオステオパシーの会では、MRO(J)という認定資格を作っています。オステオパシーは元々アメリカ医学で、本家アメリカでは、普通の医師であるメディカルドクターと並んでドクターオブオステオパシーという医師になっています(よくカイロプラクティックしている人が、アメリカではカイロプラクティックは医師ですと言ってますが、どちらかというと、准医師という位付けらしい)。
で、MRO(J)というのは、本家アメリカに準じたオステオパシーの技術と知識を有していますと認定しているもので、カッコの中のJは、日本のこと。フランスだと「F」ですね。
つい最近まで、げんき本舗治療院のホームページで健康一言コメントを連載していました。
健康に関する1、2行のアドバイスなりをウチの休み以外毎日掲載していたのですが、それが大変。連載終了間際になると、文章をひねり出すのに悩み抜きました。連載を終わると決めたとたん、どんなに気持ちが軽くなったことか。
そのことをよく知っている患者さんは、「一言コメントを毎日書くのに一苦労していたのに、ブログを毎日書くって宣言して大丈夫ですか?」と聞かれるんですけど、それが、ぜーんぜん。
全く平気です。
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