ポリシーがないと…
最近特に感じるんですが、ポリシーがないというか、感じられない人や団体・企業が多いように思います。
これをするんだとか、ぜひこのようにしたいとか、そこまで積極的でなくても、こうありたいもんだとか、一本筋の通っていないような人や団体が多いようです。
毎日患者さんをみていますが、
是非治りたいと思っていないような人も見受けられます。
何となく治療にきてみたというか…。
そんな人は治りが遅いか、治りません。
治療でなくてもそうですね。
なぜその仕事をしているのとか、なぜその学校に行っているのと尋ねると、
ただ、何となく。
という人が多いようです。
団体や企業もそうです。
企業は営利が目的ですから、それはそれでいいんですが、
ではなぜ、もうけなければならないか、社会の中でその会社がどのような地位を占めたいのか、
そんなことを考えたこともないという経営者が多いように感じます。
営利目的ではない団体でもそうですね。
どのような目的で何をしたいのか、もちろん文字としては書き連ねているんでしょうが、実際の行動として、その熱意をみじんも感じない、のんべんだらりと日々を過ごしているような団体があるように感じます。
それらのように、明確なポリシーのない人や団体・企業に、
ポリシーがないんじゃないのか、
ということを指摘すると、
痛いところを突かれたというか、俄然反撃されることがあります。
人なら妙に怒ってみたり、団体や企業なら誹謗中傷だと訴訟を起こしてみたり。
ということは、ポリシーを持っていないということを、無自覚的に意識してはいるんですね。
で、そのポリシーがないということに、劣等感か罪悪感を覚えている。
その隠しているつもりの劣等感やら罪悪感を掘り起こしてしまうものだから、
過剰に反撃するんですね。
ポリシーがなかったことを、無意識下から掘り起こして、意識してしまうからです。
もちろん、このことは私自身にも当てはまることであって、別に非難したつもりはないんですけど、(私にすれば)些細な言動で、過剰反応を起こされて、怒らせた人や団体があります。
私自身が無自覚的に-これはあえて無自覚的になることによって、私自身に安心を与えているんでしょうが-ポリシーのない事柄について批評されたりすると、過剰に反撃してしまうんです。
で、その結果、後で反省します。
別に私は聖人君子ではないですけど、常にポリシーを持ちたいと考えているんで、反省できるんだと思います。
ところが、指摘されたポリシーのなさを、指摘されたにもかかわらず攻撃されたと思いこんで、感情のみに走って猛烈に怒ったり攻撃したりし、その後、その無自覚的なポリシーのなさに気づかない人や団体・企業もたくさんあります。
すると、結局、敵を作ります。
本人は(あるいは団体や企業は)、反撃したことによって勇気を得た気になるんですが、あるいは相手に謝られることにより、勝った気になるんですが、実はそうではない。
無自覚のポリシーのなさが惹き起こした反撃によって作り出された結果は、敵を作り、自分自身を取り巻く環境が悪化するだけなんです。
でも、徹底してポリシーのない、またはポリシーを持とうとはしない、あるいは最初からポリシーなんて考えたこともない人や団体・企業は、その環境悪化に気づかず、あるいは、ポリシーを持たないという安心感に支えられて、やっぱり自らが一番なんだという錯覚を起こし続けます。
その結果、さらに悪い環境に落ち込んでしまいます。
でもそんな人や団体・企業は、そのような繰り返しで落ち込みすぎて立ち直れないような状況に陥っても、反省しようとしません。
かえって、今の悪い環境は、自分自身を攻撃した(本当は攻撃ではないのに)他社のせいだと思いこみます。
反省するだけのポリシーも持ち合わせていないからです。
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